人2020.12.25
「Made in 浜松」 で再び、世界一に[後編]杉山ナッツ/杉山孝尚さん
~自分のやりたいことに向き合っていますか?~
100年前にワールドアワードに輝いた遠州小落花で、世界一美味しいピーナッツバターを作ろうと考えた杉山孝尚さん。後編では、実際のピーナッツバター作りへの道のりと、今後に向けての思いなどについてお話を伺います。
― ようやく手に入れた200グラムの種。どうされるつもりでしたか?
(杉山) 当時はアメリカで会計事務所に勤務していましたので、落花生の栽培は誰かに任せようと思っていました。作りたかったのはあくまでも地元浜松のピーナッツバターだったので。ただ、栽培を任せたい農家の知り合いもいませんでした。そこで改めて「この世に遠州小落花の種はこの200グラムだけかもしれない。これは自分で作るしかないんじゃないか」と考えるようになったんです。そこで思い切って、アメリカから地元の浜松に戻り、自ら落花生の栽培をすることにしました。
―― 農業の知識はあったんですか?
(杉山) 知識も畑も、まったくありませんでした。畑はどうにか休耕地だった60坪ほどの土地を借りられたので、雑草を抜くところから始めましたね。初めて種をまいた年の収穫量は撒いた種と同じ量だったので、大失敗でした(笑)。翌年からは化学肥料を使ったり、逆に肥料を与えなかったり、また昔の文献で調べた有機栽培法も同時に試しました。いろいろ試した結果、昔の農法はここの風土に調和された、理に適ったものだったということがわかりました。昔は浜名湖で採れたモク(アマモ、海草)や細かく砕いた牡蠣殻を土に混ぜて肥料にしていたようなんです。文献から当時を思い描いていると物語が見えてくるというか、想像できたりもして、とても面白いんですよ。それからは畑も少しずつ増やすことができて、今では8000坪の畑で6トンほど落花生が収穫できるまでになりました。
▲収穫した落花生は遠州のからっ風で乾かし、さらに乾燥機にかけることで甘みが増す
―― 念願のピーナッツバター作りも順調に?
(杉山) 栽培を始めてから3年後、ピーナッツバターの製造もスタートしました。その頃はまだ僕一人でしたので、イベントに出す分だけを家庭用のフードプロセッサで作る程度でしたけど。その後、機械の得意なスタッフとの出会いがあって、アメリカの機械を自分たちでカスタマイズして、今はその機械でクラッシュ加工をしています。
―― ピーナッツバターの作り方は難しいのですか?
(杉山) いえ、シンプルですよ。落花生を煎って、機械でクラッシュするだけですから。砂糖も何もはいっていない無添加、遠州小落花100%です。ピーナッツバターというより、ピーナッツペーストという方がぴったりなのかもしれないですね。実際に出荷してわかったのは、焙煎の好みが地域で違うこと。たとえば、浜松は焙煎は浅めで、渋皮を全部取り除いたものが好まれますし、東京は強めの焙煎で、渋皮もある程度残した濃厚な味が好まれますね。
▲特殊なクラッシュの機械からでてくる、出来立てのピーナッツバター
―― 発売以降、多方面から問い合わせがあると聞きました。
(杉山) おかげさまで、品評会への出展やお客さんからの口コミで少しずつ存在を知っていただけて。国内ではお寿司屋さんや中華屋さん、アメリカではフレンチのお店やステーキ屋さんから、「こんな味のピーナッツバターはできないか」とリクエストされることもあるんです。プロの料理人のオーダーに応えるのは面白いですね。また、地元のお店や特産品とのコラボも進めていて、三ヶ日みかんをブレンドしたり、コーヒー店とのコラボではピーナッツバターラテを作ったりしています。今年は海外とのコラボにも挑戦して、ベトナム産のオーガニックカカオをブレンドしたカカオニブズを製品化しました。来年から発売します。
―― 遠州小落花の需要はまだまだ広がっていきそうですね。
(杉山) 世界一に輝いた味の質を落としたくないので、遠州小落花の生産をむやみに拡大しようとは思わないです。普通の農業であれば、収穫した作物のB級品やC級品が加工用に回りますけど、僕たちはA級品をピーナッツバターに加工しますから。いわば逆の発想で農業をしているわけですが、初めに作りたいものがあって、逆算的に農業に取り組むのもありじゃないでしょうか。そういう人が増えてくると農業の魅力が強まると思いますね。それに少しずつでも良いものを目指していくことが杉山ナッツのブランド力を高めることになるのかなと。やってわかったのは、農業って知的でクリエイティブだということ。今後はその面白さをもっと若い人たちに伝えたいし、勧めたいですね。いつか就職希望先ランキングで大手の企業に混じって、農業がランクインすると面白いですよね。
▲杉山ナッツのピーナッツバターは毎年11月頃から販売が開始される
自分が決めた道を臆することなく、突き進んでいる杉山さん。お会いしてみると、飾らない人柄で「壁を作らないほう」という言葉どおり、フレンドリーな雰囲気が印象的でした。数々の失敗を苦労と捉えず、ゴールのない挑戦を楽しんでいるかのようでした。杉山さんのピーナッツバターが浜松の代表的な特産品となる日もそう遠くはないかもしれません。
杉山ナッツ 代表 杉山孝尚
浜松で生まれ、高校を卒業後、渡米。ダンススクールでダンスを学び、卒業後、ダンサーとして活動。のちに会計士へと転身し、アメリカの会計事務所に勤務。2013年に遠州小落花でピーナッツバターを作る夢を実現するために帰国。浜松市西区で知識も経験もゼロのところから栽培を開始。試行錯誤の末、念願のピーナッツバターを完成。さらに世界一の味を求めて挑戦を重ねるとともに、農業の後継者育成にも力を注いでいます。