人2019.08.27
ハングリー精神が、自分の道を切り拓く[前編]マルモリファーム / 森下晃行さん
〜あなたの周りにある「当たり前」は本当に正しいですか〜
シャキッとした歯ごたえと、品のある甘さで全国的に知られる次郎柿。その産地である浜北区大平は、秋になればオレンジ色の実をつけた柿の木が並び、道路沿いには直売所がにぎわいをみせます。30才で独立し「マルモリファーム」を営む森下晃行(もりしたてるゆき)さん。柿だけでなく、2019年から始めた最先端技術を使った鮮度抜群のとうもろこしが人気。既成概念に囚われず、農業にマーケティングや経営の手法を取り入れながらチャレンジする森下さんを訪ね、お話をお聞きしました。
▲森下 晃行さん
ーー森下さんをご紹介するとき、「農家」という表現でよろしいですか。
(森下)柿やとうもろこしを栽培していますが、僕は農家というよりもマーケターで、需要を創出する側だと思っています。良いものをつくるのは当たり前で、それは農家ならみんなしています。僕の役割は、新しい価値をつくることだと考えています。一般的な柿農家とは方法論が違うから、同業者からは嫌われているかもしれませんね(笑)
ーー柿農園を始めて5年ほどとお聞きしましたが、始めたきっかけを教えてください。
(森下)高校生のときに柿農園でアルバイトしたのが最初です。高校卒業後は美容師になり、それなりに楽しかったんですが、20代はいろいろなことに挑戦しようと思い、4年ほどで退職しました。
同世代は1つの職場でがんばって働いていたので、自分はその逆をいこうと考え、海外に数ヶ月滞在したり、工場で働いたりしました。農業の道へ進んだのは、柿農家の娘だった妻と結婚して、妻のお父さんから「柿園の仕事をやってみないか」と誘われたからです。しばらくお義父さんのもとで働いたら、ある日突然お義父さんに「独立してみないか」と言われて(笑)。家族もいたので不安はありましたが、とりあえず挑戦してみようと独立起業することに決めました。
ーー最初からうまくいったのですか?
(森下)それが全然ダメで(笑)。柿をうまくつくれないし、お義父さんのやり方をまねしてもダメ。資本金も底をつき始め、もう死んでしまうと思いました。でも、そのとき、柿市場の縮図が見えたんです。
僕が考えるに柿の市場は飽和状態で、需要に対して供給量が多く、値段が安い。商売として成り立たない状況だったんです。周りにいる柿農家は兼業農家だったり、定年退職後に年金をもらいながらしている方ばかりなので、柿の価格が安くても生活できる。
周りと同じやり方ではうまくいかないし、どうすればいいかも分からない。もちろんお義父さんは恩人ですが、途方に暮れている僕を救ってくれたのが、同じ地域で柿農家をしている足立安検(やすのり)さんでした。
▲森下さんが育てる樹齢30~40年の柿の老木は、幼木よりも糖度が2〜3度高い甘い実を付ける
ーーその方はどのような方ですか?
(森下)柿の栽培だけでちゃんと食べている農家のひとりです。足立さんは中学を卒業して柿農家になり、60年以上も柿をつくり続けている。スキルが高く、誰よりも早く、安く、理にかなった栽培方法を実践しています。
足立さんに教えてもらったのはたった1日だけでしたが、それまで自分が柿について勉強してきたことがバーッとつながったというか、ああ、そういうことだったんだと理解できたんです。足立さんの方法を取り入れたら、遅いと1時間、早くても20分〜15分かかる剪定が、たった3分で終わったんです。
ーーそれはすごいですね。足立さんからは何を教わったのですか。
(森下)簡単に言えば、木の原理を教わったんです。足立さんの持つ知識を教えてもらい、何をすればいいか分かったことで、剪定のスピードが段違いに上がりました。足立さんのやり方は長果枝(ちょうかし)といって、この辺りの農家はあまりしない方法。枝を低く、横に伸ばす方法だから、それまで高所作業に必要だった脚立もいらなくなりました。
例えば、剪定に1本1時間かかっていたとして、2000本の柿の木があると、剪定に必要な時間は2000時間。1日8時間したとしても250日かかってしまう。それが3分だと、たった2週間で終わる計算です。今年は10日で終わりました。剪定以外の作業もスピードが上がり、年間を通じて作業量も、人件費もそれまでの半分に抑えることができました。
ーー柿の木の原理を教えてもらったことが、業務の効率化にまで広がったわけですね。
(森下)柿の木を密に植えるのがこの業界では当たり前です。でも、そうすると、柿園の中で作業するには運搬機や一輪車でとことこ入っていくしかなくて効率が悪かった。そこで僕は、思い切って柿の木を1列抜いて道をつくったんです。周りからは邪道だと言われていますが(笑)
軽トラックがそのまま入るからパートさんも楽で、6つあった工程が3つになり、仕事も早く終わります。経費が浮いた分を時給に回したことで、優秀な人が集まるようになった。柿の木を1列抜いたのに収量は減らず、味のいい柿ができました。もう、いいことずくめです。
▲柿の木の間に広い道を設けたことで、より光が入るようになった
一時はどん底まで落ちた森下さんが、柿づくりの名人から学んだ技術や知識をきっかけに、柿農園を効率的に経営する手法に気が付きました。後編では、さまざまなものから気付きを得る森下さんの考えをお聞きします。
マルモリファーム 代表 森下 晃行
浜松市浜北区出身。高校卒業後、美容業界で活躍するも退職。オーストラリアを2カ月ほど旅し、工場に勤務した後、妻の実家である足立柿園で働く。4年の修行を経て、独立。常識や慣例を疑う手法が注目を集めている。柿ととうもろこしは贈答用として人気。趣味はゴルフ、バスケットボール。2児のパパでもある。
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