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2021.01.18

人の思いに耳を澄ませて、本をつくる。[前編] 村上製本/村上亜沙美さん

~好きなことへの思いを持ち続けていますか?~

 

普段、何気なく手にしている「本」。普通の生活をするなかで、本がどのような過程を経て形づくられているかをあまり想像されていないかもしれません。でも、どんな本も一冊一冊、つくり手の思いが込められています。今回、登場いただく村上亜沙美さんは本をつくる人。村上さんに、ご自身の本づくりへの思いと、昨年オープンした製本所のお話などを伺いました。

 

 

▲小さい頃からの夢をかなえて、自分の製本所を立ち上げた村上亜沙美さん

 

―― 本をつくる仕事というのは、どのようなお仕事なのでしょうか。

(村上) 本が出来上がるまでには、企画、編集、原稿作成、デザイン、印刷、製本といったプロセスがあるんですが、私はどういう本にするかをデザインして、実際に形にすることを仕事としています。ですから、誌面のデザインをすることもありますし、どんな紙を使うのか、本の綴じ方をどうするのかなど、それぞれの本が持つ世界観をつくりだすのが仕事ですね。他にも、壊れた本の修復や、製本教室もしています。

 

―― 本をつくることに興味を持っていたのはいつからですか?

(村上) 出身は栃木県なんですが、小さい頃から本を読むのが大好きでした。1学年1クラス14名の小さな学校で、それこそ本が友だちといってもいいくらいだったんです。図書館で本を読んだりしているうちに「いつかこういう本をつくれるようになったらいいな」って。その思いが原点になっています。そして、ロンドンの大学に進学して製本を学びました。

 

―― どうして、ロンドンの大学で学んだのでしょうか。

(村上) 日本では本をつくるということに特化した大学はないのではと思います。少なくとも、当時の私はそういう大学を日本で見つけられませんでした。文字組みやレイアウト、印刷、製本の方法など、本に特化したデザインを専門的に学びたかったんです。当時はデザイナーやアートディレクターという言葉も一般的ではなく、編集やデザイナー、装丁家という仕事も知らずに、進路相談の時に「本をつくる人になりたい」と高校の先生に相談したら「うちの高校から美大に進学した生徒はいない」と一蹴されてしまって泣いて帰ったのを覚えています。進路のことを相談できる人も他に居なくて、先生が言っているならそうなんだろう、と思ってしまったんですよね。それが高1の夏。でも一晩考えて、日本の美大に行けないなら、海外の美大だったら行けるんじゃないかと思ったんです。今考えたらすごいですよね(笑)。いろいろ調べたら、ロンドンの大学に本づくりが学べるブックデザイン学科があることが分かって、思い切って留学したというわけなんです。

 

―― 本をつくる上で、日本とロンドンで違いがあるものなんですか?

(村上)違いがあるとすれば道具でしょうか。ロンドンにはそんなにたくさんの道具があるわけではありません。みんな自分なりに工夫して使っています。その点、日本の道具は豊富。ロンドンの友人を日本のホームセンターに連れていったら「ここは天国だ!」って(笑)。製本には「のり付け」という作業があるんですが、日本では、障子紙を貼るときに使うような刷毛を使っている方が多いと思います。一方、ロンドンは刷毛(ブラシ)の技術も学びますが、ペンキを塗るローラーを使う人もいます。ローラーのほうが手が汚れないし均一に塗りやすいので、私もよく使います。

 

―― 他にも、日本とロンドンの違いはあるんでしょうか?

(村上) 私が留学していた頃は、一つのエリアに1つの製本所があったと言っていいほど、街のあちこちに製本所がありました。学生をしながら製本所でインターンとして働いていたとき、いろんな人の本を作ったり、直したりしたことが印象に残っています。あるおじいさんは、年代物のシェイクスピア全集を「私の代でリニューアルしたい」という依頼をしてきたので、豪華な革装丁に仕立て直したことがありますし、また大学生からは「自分の論文を本にしたいけど、お金がないから、とりあえず本の体裁になるようにつくってほしい」という依頼もありました。いろんな人が来て、いろんなオーダーに臨機応変に対応するという日常があったんです。本と人との密接な関係。すごくいい世界だなと感じましたね。

 

―― 日本に帰国後はどのような仕事を?

(村上)ロンドンから帰国して5年ほどは東京でブックデザインやグラフィックデザインに携わりました。就職したブックデザインの事務所では書店に並ぶ本がどのようにつくられていくのかを学ばせてもらいました。ロンドンの頃のように自分の手で本をつくるという感じではなく、書き手・編集・イラストレーターさんや写真家・印刷所・製本所とチームになってたくさんの本をつくるという感じでした。そして、結婚を機に浜松に移住しました。

 

―― 浜松は初めてだったんですか?

(村上) はい。なにも知らないまま来ましたが、東京と比べてとても静かでいいですね。しばらく自宅でのんびりしていたんですが、浜松のことをもっと知りたいと思うようになってきたので、鴨江アートセンターのアーティスト・イン・レジデンス(※1)に応募しました。鴨江アートセンターの一室で製本活動をはじめることにしたんです。

 

―― 鴨江アートセンターの半年間はどうでしたか?

(村上) 浜松には友達も知り合いもいなかったけど、「誰が来てくれるかな?」ってわくわくしていました。小さなテーブルで作業していると、合唱サークルの帰りに立ち寄ってくれる人がいたり、5回開いた製本教室に常連のように参加してくれる人がいたり。そういった方々から「こんな紙工所や印刷所があるよ」とか「こんなデザイナーさんやイラストを描いている人がいるよ」と教えてもらって、さらに多くの人のつながりも生まれました。アーティスト・イン・レジデンスは期間限定だったので、せっかくつながりができた方々とこれからも触れ合える場所として、「製本所をつくろう」と決意したんです。昔は商店として使われていた建物を自分たちで1年かけてリノベーションして、昨年の秋、自分の製本所を開くことができました。

▲実際のリノベーションした記録の写真集。この場所で見つけた着物地を表紙に使っている

 

 

 

本が好きだった子ども時代の思いを胸に、ロンドンで製本技術を習得した村上さん。ロンドンでは街角の製本所で人と本との日常的な関係を経験し、日本に帰国後、浜松でさまざまな人とのつながりの中からついに自分の製本所を開くことを実現しました。後半では、ご自身の本づくりへの思いをさらに深く伺っていきます。

 

 

 

村上製本 村上亜沙美

高校卒業後、単身、イギリスに渡り、London College of Communication – University of the Arts London (ロンドン芸術大学)BA Book Arts and Designで本づくりを学ぶ。ロンドン留学中、製本所でインターンとして働くなかで、日本では見られなかった人と本の関係を体験。帰国後は東京でブックデザイナーとして活動。結婚を機に浜松に移住し、鴨江アートセンターで製本教室などを開催したのち、2020年、浜松市中区に「村上製本」をオープン。かつてロンドンで経験した人と本の関わりを求めて、今日も本づくりに取り組んでいます。

http://asamimurakami.com/

 

 

 

※1 アーティスト・イン・レジデンス

アーティストやクリエイターを招き、滞在しながら作品制作をしてもらう事業。鴨江アートセンターで募集しているアーティスト・イン・レジデンス事業は、アートセンター内の個室を一定期間無償で提供している。

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