人2017.04.17
好奇心を育むまちの小さな本屋さん[後編]髙林幸寛さん
今、浜松で起きている面白いこと。そこには必ずキーパーソンがいます。
彼ら彼女たちがいるからこそ、面白いことが起きている。
その発想を紐解くと、「創造都市・浜松」の明日のカケラが見えてくるかもしれない。
~人生を変えた本や映画がありますか~
「フェイヴァリットブックス L(エル)」は、本を購入する目的だけでなく、髙林さんに会うために訪れる人も少なくないようです。まちの本屋さんの役割とはどのようなことなのか。まずは本屋を始めたきっかけから話が始まります。
▲フェイヴァリットブックスL(エル)代表の髙林幸寛(たかばやしゆきひろ)さん
本屋には世界の全てがある
「昔から本屋が好きだったことは確かですね。高校生の頃、近所に『ブックハウス浜北』という大きな本屋さんができて、それまで小さな本屋だけだったから、そこに行くと、今まで見たこともないような本が並んでました。あと、高校生になってまちなかに行くようになって、当時あった西武百貨店の『リブロ』もよく利用していました。」
ーーありましたね! セゾングループの本屋で、アートやデザイン、サブカル、洋書などが当時充実していたのを覚えています。
「ずっと後になるんですけど、20代後半でバンドや映画活動をしている人たちと知り合うんですけど、みんな実は『リブロ』に行ってたことが分かりました(笑)。その上の階には『シティエイト』というライブハウスがあって、『あのバンドのライブ、お前も観てたのかよ』と盛り上がって。当時はまちなかに映画館も点在していて、みんな同じ街の文化に触れていました。」
「東京から帰ってきてしばらくは家の仕事を手伝っていました。20代後半で『自分の店を持ちたいな』と思い始めて、本屋やCDショップ、コンビニなどでアルバイトをしながら準備を始めました。資金面のこともあって、開業したのは30代後半。お店をしたいと思ってから10年が経っていました。」
▲「フェイヴァリットブックス L(エル)」入口
ーー9年間営業して昨年の夏に閉店。お店を再開するにあたってネット書店などの選択もあったかと思うのですが、リアルなお店にこだわった理由はあるんですか?
「何をするにしても必要なのは『好奇心』だと思います。好奇心がなくなっちゃうとまずい。本屋さんって全てがあるんですよ。例えば雑誌だと、車や音楽、ファッション、スポーツ、模型など、いろんな世界のものが置いてある。商品も入れ替わるから、思ってもみなかった本に出合うことができる。そういうことはネット書店ではあまりできないのかなと思います。」
ーーネットは目的の物を買うのには便利ですが、購入履歴からおすすめされる本は同じジャンルだったりするので、別分野というか横の展開、偶然の出合いはほとんどありませんよね。
「書店の役割は、売れている本を並べるだけでなく、『こんな面白い本がありますよ』と紹介することが重要です。本屋に来る人は好奇心旺盛な人だと思うんです。若い方だけでなく、歳を取っても『新しいことを知りたい』という欲求を持っているお年寄りもいます。そんな人たちにとって、まちの本屋さんは欠かせない存在だと思います。」
「こっちにおいでよ」と声をかける存在
ーー前のお店と比べて、変わったことってありますか?
「小さなお店だから、お客さんとゆっくり話ができるようになりましたね。前の店でも話はしていたんですが、仕事もあるから落ち着いて話ができなくて、もっとコミュニケーション取りたいなとは思っていました。お客さんと話すことでこちらも勉強になります。」
「先日、『L座談会』というイベントを開催しました。映画『この世界の片隅に』を観た感想を話し合おうというもので、集まったのは5人ほど。みんなお互いに面識がない人ばかりでしたが話は盛り上がって、『グローバル社会とはなんぞや』という話題にまで発展しました。ただ、閉じたコミュニティにならないように気をつけています。」
ーー最初は好奇心だけでつながっていたのに、いつしかコミュニティができてしまう。それは仕方がないことかもしれませんが、打破する必要はありますよね。
「例えば10人くらいの飲み会で、初めてひとりで参加した子がいたとします。誰も話し相手がいなくてひとりで飲んでいるときに、『○○さんこっちにおいでよ』って言ってくれる人がいるかどうかで全然変わるんですね。みんな勇気出して来ているわけだから、『おいでよ』と言ってくれる人の存在は大事ですね。」
好奇心を受け止めてくれる場所
「俺らが若い頃は有楽街や肴町が栄えていて、映画館もお店もいっぱいあって、人でにぎわっていた頃を記憶としてちゃんと留めているんですね。でも今の若い子には、まちなかに広い空き地があって閑散としている状況がスタンダード。その子たちにとっては何もない街だから東京などに出て行くのは理解できます。」
「浜松も面白いことはいろいろとあるんですけど、情報が行き渡ってなくて一部の人だけが楽しんでいる状況だったり、集客できなくて継続できなかったりと課題も多い。アートイベントや浜松国際ピアノコンクールという言葉を聞いてピンとくる人もいれば、『そんなの興味がないし私には関係ない』って人もたくさんいる。立派なイベントばかりでなく、もっと敷居を下げる努力は必要かもしれませんね。」
ーー髙林さんが本屋や映画館、ライブハウスから影響を受けたような状況が、今の浜松には欠けているのかもしれませんね。
「この前、お店に大学生が来たんですね。顔に見覚えがあって話しかけると、小学校の頃からお店に来てくれていたようで、今は京都の大学に通っているけれど、移転したと聞いて来てくれたんです。うれしいですよね。昔はマンガばかり買っていたのに、安西水丸のこじゃれた画集を買っていきましたよ。そういう意味でも、俺は『フェイヴァリットブックス・チルドレン』を育てているのかもしれませんね。このお店は自分でも気に入っているんで何とか続けていきたいと思っています。ご来店、お待ちしています(笑)。」
文化というものは、与えられるのではなく、日々の暮らしの中から創られていくもの。その原動力を、髙林さんは「好奇心」と表現しました。「好奇心」を養うためには大仰な文化事業だけでなく、普通の本屋さんだったり、映画館だったり、図書館だったり、好奇心が湧くきっかけとなるものを、ハードルを低くして受け止めてくれる場所がとても大事なんだと気付きました。
取材前、「創造都市・浜松のウェブサイトで紹介されるなんて場違いだ」と話していた髙林さん。10代の多感な頃に本屋や映画館、そして街からもたくさんの影響を受けたように、まちの小さな本屋の役割をとても大切にしている髙林さんは、まぎれもなく「創造都市」的な人でした。
髙林 幸寛
フェイヴァリットブックスL代表。浜松市出身。実家の家業を手伝いながら、2007年11月、独立系新刊書店「FAVORITE BOOKS(フェイヴァリットブックス)」をオープン。イベントでの出張本屋や店内での音楽ライブなど、本屋の枠を越えた活動を行う。2016年8月に惜しまれつつ閉店。お客さんの要望に応え、2ヶ月後に「FAVORITE BOOKS L(フェイヴァリットブックス エル)」として再開。好奇心を刺激するような本や音楽を届けている。
「FAVORITE BOOKS L(フェイヴァリットブックス エル)」
浜松市浜北区中条1490-1ハピネスマルカ203
https://www.facebook.com/favoritebooksmusic/