人2017.08.30
消費するのではなく、育てる人を育む暮らし 天野圭介さん
今、浜松で起きている面白いこと。そこには必ずキーパーソンがいます。
彼ら彼女たちがいるからこそ、面白いことが起きている。
その発想を紐解くと、「創造都市・浜松」の明日のカケラが見えてくるかもしれない。
“あなたができる、生み出すスキルは何ですか?”
近ごろ、田舎への移住や農的暮らしを特集する雑誌やテレビ番組を目にする機会が増えてきたように思います。都会を中心に、現代の社会システムに疑問を持ちながらも、どうしたらよいか分からない、そんな時代の雰囲気を表しているかのようです。今回は、天竜区春野町を中心にパーマカルチャーを実践する、天野圭介さんを訪ねました。
▲天野圭介さん
生きることは、暮らすこと
ーこのような自給自足の生活を始めようと思ったきっかけを教えてください。
昔から「人間らしい暮らしって何だろう」と考えていました。人間って存在するだけで環境を汚染するし、自然界の厄介者と言われてしまう。それって本当なのって。大学4年生のとき、南アフリカ共和国に1年留学し、自分の中で世界がぐっと広がりました。アフリカ諸国を回り、改めて豊かな暮らしって何だろう、人が人らしく生きるとはどういうことか考えるようになりました。そんなときに出会ったのが「パーマカルチャー」(※1)でした。
ーどちらで学んだのですか?
オーストラリアへ渡り、1年半ほどパーマカルチャーや環境に配慮した農業などを学びました。その中で理解したのは、自分たちの暮らしや生業といった営みを通して、環境を豊かにできるということ。それが生きるということの、自然な姿なんじゃないかと考えるようになりました。
ー人間と自然の共存という意味でしょうか?
里山のような暮らしがイメージしやすいと思います。お米を育てるために田んぼをすると、カエルやドジョウなどが住み始める。米づくりという人間が生きていくためにおこなう行為が、生きものの棲みかを作ったり、生きものに必要な食べものを与えることとなり、結果的に多様な生きものを育む環境をつくることになる。このように、虫も人も植物も、全ての生きものは互いに影響を与えたり、支え合って生きている。人の暮らしや日々の営みが自然の循環に取り込まれている姿こそ、本来の人間らしい暮らしという振る舞いなんだろうなと思います。
▲家の本棚には英語で描かれた専門書も並ぶ
ーただ、誰でもこのような暮らしをするのは難しいですよね。
誰でもできなければ意味がないんです。人は本来、誰でもこのような循環の中に生きる感性と創造力を備えています。それは人間の本能だからです。パーマカルチャーは伝統的な知恵に基づいた暮らしのデザイン手法ですが、ただ昔の暮らしに戻ろうというものではありません。発達した現代のテクノロジーと、昔の生活の知恵を融合して、今だからこそ実現できる人間らしい暮らしを目指しています。
個人の暮らしが、社会の問題を解決する
▲築120年を超える古民家を改修した自宅
地球温暖化によって南の島が沈むとか、経済格差による社会的貧困とかになると、スケールが大きすぎて自分事として捉えることができません。とはいえ、それらの社会問題を解決する方法は、僕たちの毎日の暮らしを変えることです。キーワードは「自給」「自治」「自由」です。
ー詳しく教えてください。
現代社会は、人間がエネルギーを使い自然環境を壊すことでお金を得る仕組みになっています。それは、資源という大きなケーキが少しずつ奪われていくようなもので、いつかはなくなってしまいます。そのため、自然環境や地域社会が豊かになるように、お金の使い方を変えていくことが必要です。自然環境を壊すのではなく、豊かにする活動でお金が動く仕組みをつくるのです。人が生きていくために必要な仕事とは、本来それほど多くありません。現代的な暮らしを維持するためには必要と思うことも、実は不必要なことが多いんです。空気、光、水、土、森、川といった、全ての命に必要な恵みを与え続けてくれている、この自然環境こそが何よりも尊いもので、これを汚さない暮らしや経済に変えていけばいいんです。そのためにも、1人1人が自然環境こそが最も尊いものである、と意識を変えることです。すると、暮らしを通して自然環境を豊かにするサイクルが生まれ、消費だけでなく、生み出す人が増えてきます。
ー先ほど、暮らしが社会問題を解決するとおっしゃいましたが、どのような解決方法がありますか。
例えば失業率。これは仕事をしていない人の率です。今は仕事をしていないだけで、その人はさまざまなスキルや、たくさんの経験を持っています。仕事に就いていないだけで、生活できない人とレッテルを貼るのは、おかしいと思いませんか?
ー確かに、テストの点数や会社の業績という一側面だけで価値付けされてしまう面もありますね。
例えば、ご飯を食べられて、スマホも使える普通の生活コストが月に20万円とします。正社員で働かないとなかなか難しい。でも、田んぼや畑をして自給することで食費を抑え、生活コストが10万になりましたと。そこで、3万円の小商いを3つすると、9万円。これならなんとかなりそうな気がしませんか?仕事がないから暮らせないという人は減るのではないでしょうか。
そう考えると、自分でできる仕事も増えるし、生き方の可能性がぐっと広がっていきます。決められた生き方などないのです。誰だってやる気になれば、やりたいことができるんです。できないのではなく、やっていないだけなんです。
▲広い敷地を歩きながら、分かりやすく説明をしてくれる。
未来をつくる子どもたちを育てる
ーこの6月から、菊川西中学校でパーマカルチャーを教え始めたと聞きました。
総合学習として全学年に教えています。1年生はパーマカルチャーを知るという内容、2年生は学んだことから地域社会、学校生活などをデザインする、3年生はそれを実践するというものです。例えば、学校は災害時の避難所になっているので、校内で食べられるものを育てようとか、エネルギーを自給できる仕組みをつくろうといった内容です。
ー面白いですね!パーマカルチャーというと、どうしても自給自足のイメージが先行しますが、ベースにあるのは、自分たちの暮らしや環境をいかにデザインするかというものですものね。具体的にどういったことをするのですか?
校庭のあの場所は水がたまりやすい、あそこは陽当たりがいいから太陽光発電に使えそう、フェンスには壁をつたう食べられる植物を植えようなど、パーマカルチャーというメガネを使って、自分の環境を見る視点を変えていきます。
ーパーマカルチャーというフィルターを使って、新しい価値を見つける。そんな多様な価値観に気付ける子どもたちが大人になったとき、どんな社会をつくっていくのか、ワクワクしますね。今後の展望を教えてください。
えらそうなこと言ってますけど、僕らも手探り状態ですよ(笑)常に変化する状況の中で、柔軟に対応できるようにしていくことが大事。自分でできるスキルを養ったり、周りの人と繋がりができたりすると、お金がないから動けないという状況を回避できますから。想いを持つことで出会いが生まれ、繋がっていく。ビジネスのような利害関係ではなく、想いを共有する仲間としての関係性をつくっていきたいですね。
- ▲ 家の前に広がる景色。今後、食べられる森「フォレストガーデン」にしたり、果樹を植えたり、動物を飼いたいと夢を語ってくれた
(まとめ)
自給というと食べものを育てるイメージがありますが、DIYも自給の範疇に入るのかもしれません。さらに、料理ができる、絵が描ける、子どもの面倒を見られることも、広い意味で自給かもしれません。現代社会は、暮らしも、娯楽も、そのサービスのほとんどをお金を払って購入しています。そのために多くの人が一生懸命働き、お金を稼いでいます。「自分でできるスキルを養うことで、自由が増える」。天野さんの言葉が、いつまでも耳に残っています。
(プロフィール)
1985年、神奈川県生まれ。2歳のとき、両親がペンションを経営するため春野町へ移住。自然豊かな原体験が、今に繋がる。オーストラリアでパーマカルチャーを学び、帰国後、春野町で農園「ONE TREE」を始める。「農的暮らし」の実践者たちと小さな豊かさを模索する交流ゼミ合宿「ラブファーマーズ」を主催するほか、フォレストガーデンづくりなど、パーマカルチャーの考えを伝える活動を続けている。
※1 パーマカルチャー(Permaculture)
Permanent Agriculture(永続する農法)、Permanent Culture(永続する文化)からなる造語で、オーストラリアのビル・モリソンとデビット・ホルムグレンが構築した持続可能な環境をつくるデザインや考え方。