人2016.03.18
街と人、人と人をつなぐ場所をつくる[後編] 吉林和穂さん
今、浜松で起きている面白いコト。そこには必ずキーパーソンがいます。
彼ら彼女たちがいるからこそ、面白いコトが起きている。
その発想を紐解くと「創造都市・浜松」の明日のカケラが見えてくるかもしれない。
〜あなたが住んでいる街の歴史を語れますか〜
街の記憶に耳を傾けること
「2012年に肴町プロジェクトという事業を行いました。クリエイターや学生にも協力してもらい、4ヶ月にわたり街の人と一緒にワークショップを通じて“街の価値観”をリサーチ。最終的に『肴町今昔博覧会』というイベントを実施しました」
「このプロジェクトがきっかけで、肴町にいる7割の不動産オーナーを訪ねました。街の歴史だったり、人と人との関わりだったり、じっくり1人2時間ほどお話を聞かせてもらいました。とても密度の濃い内容で、この体験は今でも僕の活動のベースになっています」
リサーチやワークショップをしていて興味深い発見があったと言います。それは、肴町のお年寄りが大事にしていることと、若い人が面白がるポイントが似ているということ。
「背割道路という細い生活道路があるんですが、薄暗い場所で、お年寄りの方はあまり表に出したがらない場所。でも、若い人たちはこのせまさがヒューマンスケール的になじみがいいと面白がって、ここでイベントをすることになりました。肴町の暮らしを肯定する若い人たちが街に入ってくることで、やっぱり自分たちの住む街はいいところなんだと再確認する訳です。改めてお年寄りに話を聞くと、誇りを持っていたと話してくれました」
「肴町は100棟ぐらいのビルが集まるエリアで、他の商店会と違い、自治会と商店会がほぼイコール。浜松まつりでネットワークができているので、コミュニケーションもあり組織としてまとまりがある街です。高齢化は進んでいますが、街の歴史や記憶を語るお年寄りがいて、その話を聞いて育った人が今ここにいる訳ですから積み重なった街の歴史や暮らしを無視して街は成立しないと思います」
「多様な人がいて、ある意味、猥雑さを許容する街は、さまざまな時代の変化にしなやかに対応することができます。一方、価値観が限定された街は変化に弱い。再開発やマンションの建設は悪いことではありませんが、それだけでは街は成り立たないのかなと思います。昔から続くものをアレンジし、ブラッシュアップして、今につないでいくことが大事なのではないでしょうか」
人の流れが、街の景色を変える
「雑貨市を始めようと思ったのは、3331アーツ千代田やリノベーションスクールをされている清水義次さんから、今、北九州が面白いと教えてもらったことがきっかけです。小倉魚町という町に1棟ごと遊休不動産になっているビルをリノベーションしたところがあって、そこのワンフロアを雑貨作家40組ほどがシェアし、工房だけでなく雑貨市も運営していました」
「これは浜松でも応用できるとリサーチすると、静岡県西部には雑貨作家や雑貨市が多いと分かりました。周りからは、街中でそんなことしても出店者は集まらないよと言われ、へこたれた時期もありました(笑)スタッフのひとりが、肴町にある古い商店や建物をマッピングしてくれて、それをもとに作家さんに話をすると、『こんな場所があったの!?』と驚き、面白そうと雑貨市に興味を持ってくれました」
「僕らだけでは心もとないので、建築家やグラフィックデザイナーにもスタッフとして協力いただきました。会場構成や猫のキャラクターを使ったプロモーションやノベルティなど、たくさんのアイデアをもらい、回数を重ねるごとに良いものになっていきました。今では県外からの出店も増え、雑誌で紹介いただくなど、評価も高まっています」
雑貨などのつくり手と、それを楽しみにしている使い手をつないだ「まるたま市」。まちなかに人が来ることで、日曜は閉店していた飲食店がランチ営業をしたり、うれしい変化もあったといいます。多くの人でにぎわう様子は、かつてのにぎわいを取り戻したようでした。
クリエイターと協働し、新しい価値をつくる
2015年11月、新浜松駅から歩いて3分の場所に誕生したコミュニティスペース「Any」。コワーキングスペースやカフェなどからなり、さまざまなワークショップも行われています。こちらの企画・運営も浜松まちなかにぎわい協議会(以下、にぎわい協議会)が行っています。
「Anyのコンセプトは、『新しいコト・ヒト・価値が交じり合い「コト」が起こる場所』。人が集まり、人と人が結びつき、この場所でビジネスが生まれることを期待しています」
「浜松は東京や名古屋など、大都市圏に近いので、今まで何もしなくてもモノが売れる時代でした。浜松には技術力の高い企業が多いですが、下請けだけでは儲からないし、跡継ぎがいなく廃業するところも少なくありません。これからはリスクをとって事業転換するか、商売を替えなければ企業が存続しないという危機感を持っています。もっとブランディングをし、ニッチでもいいので収益をあげられるモノをつくる必要があります。そのためにもクリエイターには、一緒に事業領域を広げるチャレンジをしてもらいたいです」
「多くの企業が自分たちで答えを見つけられなくなっています。にぎわい協議会が間に入ることで、企業とクリエイターをつなぎ、プロジェクトベースの仕事が生まれる仕組みをつくりたいですし、組織人のノウハウを使って、しっかりサポートしていきます」
「実はベンチマークしている人がいましてね」と話し始める吉林さん。「それは、リノベーションスクールを運営されている建築家、嶋田洋平さんのお父さんです。その人はもともとアパレルのバイヤーだったそうですが、街の人に慕われ、地域の顔になっている人なんです。北九州でのリノベーションスクール成功には、若い人と街の住人をつなぐお父さんの存在が大きかった思いますね (笑)」
吉林さんは30年近く金融機関に勤めて、辞令ひとつでにぎわい協議会に来たときは、何をしたらいいか分からなかったと言います。街の人に会って話を聞き、まちづくりの参考になると日本中を駆け巡ること5年。街の活性化はいつしか自分事になっていったのではないでしょうか。デザインも接客もできないからと笑う吉林さんは、愚直なまでにつなぎ手でした。
吉林和穂
1958年、浜松市天竜区生まれ。1982年、浜松信用金庫に入庫し、営業推進部にて「はましん住宅友の会」などを企画。2010年、浜松まちなかにぎわい協議会に出向。不動産価値の向上を図るため、「まるたま市」をはじめ、さまざまな事業に携わる。